計り知れない価値あるモノ
鞆港が一望できる山手に昔日の面影を微かに残しながらも、朽ち果てている100年近く前に建てられた住宅が近年明らかになった。大正時代に建てられたであろう主屋の過半は原型を留めておらず、残存する部分も著しく酷い状態であった。しかし熱環境を踏まえた裳階風の二段屋根や小屋裏換気窓、細部に渡る木部の丁寧な技巧、そして何よりも京都の大山崎に現存する「聴竹居」を彷彿とさせるサンルームからは設計した建築家の想いをうかがうことができる。これは建築環境工学の先駆者である藤井厚二によるものであり、故郷の福山市に唯一現存する藤井厚二の実兄の別邸であった。
藤井厚二との対話
新たな建主から相談を受け、現地調査に行った際の状態は、あまりにも瓦解が酷く、はたして本当に残せるのかという思いが頭を擡げ、図面を起こし現地へ行っては心が折れそうになることもあった。しかし、在るモノを活かしたいという想いが実に4年間この敷地へ足を運ばせることになった。振り返ってみると、この向き合った長い時間はまさに無言で語りかけてくる建築家:藤井厚二との対話であった。
先達の時間を紡ぐ
このプロジェクトは、既存の形態や状態を読み取りながら、コンバージョンさせていくものである。
具体的には、当初あったであろう形態を瓦礫下に埋もれていた敷石から導き、大屋根と二段屋根のプロポーションを踏襲する。そして、藤井厚二の思考を新たに解釈しながら、内外のつながりや熱環境を意識した内露地/サンルームなどの構成を考えた。また、残存していたサンルームはオリジナルの状態に修復しながらも床の壁面を跳上障子にすることによって居間との空気の流動をつくり縁側としても機能させている。新たな材質の部位に関しては着色を施さず、長い時間をかけながら古材と緩やかに同化していける仕上げとした。さらなる100年の中で時間の変化に合せながら手を入れていき、その痕跡がこの建築の歴史となっていければ良いと思っている。
環境が生み出す人のつながり
この環境を再生していくプロセスは実に多くの気づきと人のつながりを生み出すことになった。
様々な難工事を竣工に導いたのは継承されながらも現代では失われつつある職人の経験と技、そして覚悟と念であった。壮大な庭の再生にあたっては造園家の荻野寿也氏に協力を求め、全国からの大学生を主体とする有志を募り、協働による造園ワークショップを催した。普段経験することのない現場の空気を感じながら、7日間の工程を悪天候のなか20人全員で最後までやり抜いた。現場での苦しみと歓びの体験こそ今後のモノづくりを考えていく道標になるのではと期待している。
別邸建築のあり方と建築家の役割
建主からの要望は別邸としての機能を満たしつつも、主が利用しない期間は様々な行為を受容する空間として活用することが求められていた。竣工を迎えた今、さらに多くの方々を巻き込みながら新たな仕組みづくりが始まろうとしている。先日もアート展のオープニングにあわせて弦楽四重奏やゴスペルの野外コンサートも開催された。先達から受け取った豊かな環境を再生し、多くの人たちと価値を共有していくことは、まちのアイデンティティを形成し再認識することにつながるだろう。
次の時代へ愛着というバトンを託せられるよう、環境という実空間を通して人とのつながりを築き上げていきたい。
計り知れないほどの価値はすでに掌にあることに気づいたのだから。
・ 第6回サステナブル住宅賞
・ 住まいの環境デザイン・アワード2015
奨励賞
・ 第6回JIA中国建築大賞2014
住宅部門特別賞
・ LIXILデザインコンテスト2013 金賞