持続可能な保育環境を目指して
生後間もない0歳児に特化した乳児棟の増築計画である。生後43日から12ヶ月間の過程はまさに五感を研ぎ澄まし様々な状態を認識していく中で大きな発達を遂げる時期である。開園から増改築を続けながら周辺環境と共に30年余りの長い時間紡いできた地域の中で、子ども・保育士・保護者にとって保育・養護と併せた多様な支援が行える豊かな保育環境を目指した。
インタラクティブな環境から生み出される体験
居場所とは人間あるいは生物の生きていく多様な活動のインタラクティブな環境領域である。すなわち人間や動植物など生命あるものから大気の状態まで刻々と更新する地球の鼓動であるうつろいとの応答の中に環境の総体としての居場所が存在する。こういった状態の中でこそ本能的な感受性は喚起していくのである。地形にあわせた緩やかな勾配のある乳児・ほふく児の広場から乳児の目線に合わせて凹んだ回廊のような余白に管理スペース(事務・調乳・沐浴)、さらには子育てに関するセミナーや交流スペースとしてのギャラリーを介して園庭へとつながっていく。2つの不定形な円弧が重なりあう形態は胎内のような広がりや窪みによる奥行き感が与えられ、領域が規定されない緩やかなグラデーションとして環境との距離感を生み出している。つまり、内部の居場所をつくりだすというよりは環境をつくりだしていくなかで導かれたいくつかの余白のような居場所の捉え方である。よって、乳児たちは外周を走りまわる子どもたちや、保育士・保護者たちとの‘微笑みの交換’によって乳児期に他者と共呼する感性が生まれ人間的な深い感情が育まれる。さらにそれらを取り巻く、様々な樹木や草花、岩や石、そしてうねるけもの道に寄り添うかたちでサクランボ、ヤマモモ、キンカンなど実のなる植物や香りの出る植物を多く配植し、木漏れ日・枝葉のゆらぎ・雨音や小川のせせらぎ、さらに季節の薫りや自然の小動物など多様なエレメントとのインタラクティブな環境を五感で受け止めていくだろう。その日ごとの更新がなによりも子どもと保育者が育ちあう持続可能な保育環境を生み出していくのだと強く感じる。
固有の地域で活動すること
私が生まれ育ち、そして現在の活動拠点である広島県福山市は瀬戸内に面した中核市である。温暖な気候風土を反映した豊かな街並みや風景を残しながら、一方で経済効率や利便性など都市の姿を目指し発展してきた。しかし現在加速度的にまちの賑わいが廃れつつある。画一的な発展の中で失われてきた固有の文化や地域の特色など身近で大切なものを見つめ直す時期にきている今、各々の気候風土に寄り添った豊かな価値観を顕在化させていくことこそがグローバル化の中においてとても大切であると感じる。武田五一や藤井厚二といった建築家を輩出したここ福山を中心として備後地域を拠点に活動する建築家たちと協働しながら建築文化セミナーなど様々な取り組みをしている。それはまちの人たちとの関わりの場を持つ時間であると同時に各々が身近なまちと向き合い思考する時間でもある。インターローカルな観点でまちに愛着や関心を持つことが、様々な人たちとの横断的な連携を生み、社会と乖離した単体の建築ではない持続可能な創造を生み出していくように思う。地域ごとの風土や特色といった多様性を際立たせていくには、固有の地域で活動する建築家の役割をさらに拡張させていかなければと感じている。
地域の特性を活かしたパッシブな温熱環境
瀬戸内の温暖な気候風土を活かした空間構成は地域環境とのつながりを取り戻すことである。それは、日射・風・地熱エネルギーをパッシブに利用していくことにつながる。機械設備のみによって環境を制御するのではなく建築自体で環境を限りなく制御していくようなあり方を考えた。皮膜のような外周部のリングは夏・冬の陽光からの日射をコントロールするものとして働く。冬季は乳児・ほふく児の広場の外周に取り巻く緩衝帯の土間に蓄熱し作用していく。また、刻々と更新していく枝葉の揺らぎや木漏れ日、雨の日は数珠繋ぎの雫のカーテンなど自然のうつろいを映し出すスクリーンとして働く。