魅力的な価値観を持ち合わせたテナントビルの可能性
テナントビルという事業性重視のビルディングタイプでの問題意識について改めて考えてみると、当たり前のことであるが採算性や床面積の効率化が最優先事項となることがほとんどではないだろうか。それゆえに表層的なテナント建築になりやすいエレメントを多く含んでいることは確かである。しかし、そのような当たり前と思われる与条件を踏まえながらも、今の時代にとって魅力的な価値観を持ち合わせたテナントビルの可能性について考えた。敷地は駅から北へ1kmほど離れた住宅が多く建ち並んでいる地域である。この地域一帯で特徴的なことは間口の割合に対して奥行きが非常に長い敷地が多いことであった。計画地においても前面道路に対して間口が約10m、奥行きが50m、3方を住宅に囲まれた細長い場所である。今回のような敷地では、一般的に前面道路側に面したテナントスペースはそうでないスペースと比較して条件が良いとされやすい。そこで、空間的に奥のスペースが前面のスペースと同等もしくはそれ以上の付加価値を与えられるような空間的原理を考えた。
レイヤーがつくりだす多様性
具体的には1階に歯科医院と2階にエステ及びオフィスというプログラムから決定した2つのハコを東西に配し、その中間に階段と植裁された「森のハコ」を設けた。このハコから生成される4枚の壁=レイヤーの開口によって、建築的に統合された多様性が生まれることを意図した。入居テナントが計画段階から確定していたこともあり、それぞれの内部空間についても積極的に関わり建築の枠組み全体で捉えることが出来た。4枚のレイヤーは表裏それぞれで多様な相関関係をもつ空間を生み出すことに寄与している。開口に関してはテナント同士のプライバシーを確保しながら、ある規則性に基づいて開口を開いたり絞ったりすることで、前後・上下の繋がりを意識できるだけでなく、身体的感覚以上の距離が生まれることを想定した。また、森の木々によってレイヤーの身体的距離がより曖昧になり建物全体で有機的に広がっていく環境になることを期待した。こういった操作により奥のテナントスペースからレイヤー越しに見える前面のテナントは離れつつも、その向こうに見える山の風景を逆に身近に感じられたり、プライバシーを確保しながらも双方の気配を感じられる空間となり、前面道路側のスペースと同等の豊かさを持ち合わせることが可能となった。1枚の壁としてみれば一見ランダムな開口がレイヤーとして重なることで生まれる必然性と、人が動作をすることで生まれる複雑な偶然性が新たに立体的な広がりとなり多様な空間を生成する。