この建築は海外を拠点にビジネス展開しているクライアントが、国内で過ごすための別邸である。敷地は古くから潮待ちの港として栄えた鞆の浦の中心に位置し、周辺は燻瓦・杉板・なまこ壁など伝統的な素材の仕上げが数多く残る特徴的な街並みである。クライアントからの要望は日本に帰国した際に滞在できる別邸として、また不在の時は一棟貸しの旅館とすることに加えて、自身で綴られた一枚の樹形図状のマインドマップを手渡された。そこに描かれていた内容は鞆の浦の敷地のことから自身の経営思想のほか、空間への安らぎ・自然・素朴などの語の一方、相反する恐怖・狂気など興味深いキーワードが挙げられていた。そこから日常という中心から離れた周縁である別邸では、自己と向き合う内省的空間の創造を試みた。つまり日常と異なる外界との連関が、日々の慣習化した意識に再び感動する力を喚起させると考えたからである。
具体的には凝集性の高い小さな敷地に、周辺の社会的規範に則った間口3間・奥行7間の木造形式の家並みと、アルミ合金による流体の外被を混成させている。さらに木造部分を支える壁は伝統的な素材の仕上げを施した耐力壁を不均質にブリコラージュしたものとしている。流体の内省的空間と木造による覆いは、相反関係でありながら不連続な統一体として多様な空間体験をもたらすものになることを期待した。
瀬戸内海の潮流が交わる鞆の浦のように、非日常の小さな体験から新たな秩序を生み出す渦のような住宅である。